
祖父の時計をもう一度日記。その2
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蓋側の裏面には「大原時計店」の店名が入ったシールと日付が |
20年前に亡くなった祖父の時計「セイコークラウン」を
修理してもう一度自分でも使ってみたくなりました。
カメラマンで時計フリークの清水さんに尋ねたら1960年代のもので、
諏訪精工舎製とのこと。
仕事で来社した清水さんに実物を見てもらったら
「当時は新社会人に贈るようなランクの時計ですね」といいながら
開けてみましょうか、とパカ!
キーホルダーに付けていた小さい鉄製の靴べらのようなものであっという間に
時計盤を二つに開けました。
なんで開けられるの!
そして、なんでそんな道具を持ち歩いているの!
まったく清水さんは不思議な人です。
開けてみると時計内の機械部は思ったよりピカピカで
外側のさびれた雰囲気とは全然違います。
蓋側の裏面には「大原時計店」の店名が入ったシールと日付が。
「ああ、1980年に修理に出していますね。けっこう小まめに手入れされているから壊れていませんよ」と清水さん。
ねじを巻くとチクチクと30年ぶりに時を刻み始めました。
わあ、急に目の前の小さな時計がいとおしくなってくる。
「大原時計店」は家から歩いて五分の町の時計屋さんで、
僕の小学校への通学路でした。
あそこに、おじいちゃんが修理に持って行ったんだ。
80年なら僕は小学一年生で、おじいちゃんもスクッと元気なころ。
当時の僕は断然おじいちゃん子で、小学校の「家族を描きましょう」という宿題で
自分でもとても満足のいくおじいちゃんの絵を描けて満たされた気分になっていたのです。
うわーっと当時の気持ちがいっぺんに蘇ってきました。
おじいちゃんは細くてダンディーで古文書収集と俳句と株取引が趣味で
かっこよかったなあ。
謙之介という名前もかっこよかったなあ。
泣き虫だった僕にもいつもニコニコしていたけど、
女の子に泣かされた一度だけ「男なら泣くな!」って怒ってびっくりしたなあ。
祖父の時計が一気に身近になった瞬間でした。
今週はいよいよ清水さんに時計の修理職人さんの家に連れて行ってもらうことに。
楽しみです。










